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千葉地方裁判所 昭和34年(行モ)1号 決定

申立人 大竹清次 外五名

被申立人 千葉県知事

主文

本件申立を却下する。

申立費用は申立人等の負担とする。

理由

申立代理人は

「被申立人が昭和三〇年一一月一日付で

別紙目録

第一の(1)の土地および(2)の土地の内の南側三畝一七歩、第二の(1)の土地、第四の土地、第五の土地、第六の(1)別紙図面チリホヌオロワルで囲まれた一八坪五合、同(2)の土地の内別紙図面イヌホリルオで囲まれた五畝一九歩を訴外大竹貞慶へ、

第一の(2)の土地の内中側二反七畝一二歩、第三の(1)の土地の内南側一反七畝二一歩、第五の土地を訴外及川快三へ、

第一の(2)の土地の内北側四畝二〇歩、同(3)の土地、同(4)の土地の内南側一畝六歩、第三の(1)の土地の北側一反七畝二一歩、同(2)(3)の土地を訴外多田弘へ、

第二の(2)の土地、第六の(1)の土地の内別紙図面ニハワルトヘリチで囲まれた三畝一八歩五合、同(2)の土地の内別紙図面ヘトリルで囲まれた一反三畝八歩を訴外片野正治へ、

第一の(4)の土地の内北側一反七畝二歩、第一の(5)の土地の南側一畝二〇歩を訴外根本いくへ

なした各売渡処分の執行を停止する」

との裁判を求め、その理由とするところは次のとおりである。

一、(1)大竹清次関係、

別紙目録第一の(1)(2)(4)(5)は申立人大竹が自己の所有地として、同(3)は所有者黒田晶輔より賃借して永年稲作をしてきたものである。なお(2)は公簿面原野となつているが、昭和二四年当時の現況は田であつた。

(2) 黒田留吉関係、

別紙目録第二の(1)(2)は申立人黒田が訴外根本仲より賃借して昭和二一年以来稲作してきた。公簿面原野となつているが昭和二四年当時はすでに田であつた。

(3) 椎名長司関係、

別紙目録第三の(1)(2)(3)の土地は事実上隠居せる申立人椎名の実父椎名菊太郎の土地であり、申立人椎名は事実上は椎名家の世帯主として法律上は使用貸借により使用してきた。(1)の土地は公簿面原野であるが、実際は田であり、先祖代々引きつづき稲作をなし、昭和二四年当時は現況田であつた。(2)(3)の土地は採草地として使用していた。

(4) 根本駿関係、

別紙目録第四の土地は申立人根本駿が訴外根本仲から賃借して、昭和二一年から稲作をしてきた。公簿面原野となつているが、昭和二四年当時現況田であつた。

(5) 根本義雄関係、

別紙目録第五の土地は申立人根本義雄の父根本仙太郎の所有土地であり、申立人根本義雄は、事実上は根本家の世帯主として、法律上は使用貸借により昭和一五年より稲作をしてきた。公簿面原野となつているが、昭和二四年当時現況田であつた。

(6) 椎名益関係、

別紙目録第六の土地は申立人椎名益の所有であり、同申立人家で昭和一六年以来稲作をしてきた。公簿面原野となつているが、昭和二四年当時現況田である。

二、千葉県開拓審議会は昭和二四年六月頃当時の東大戸、瑞穂、米沢村にまたがる佐原地域を開拓農地とし、昭和二五年三月頃被申立人知事の認可があり、同年六月一三日に同年三月二日付で旧自創法三〇条一項一号または三号によつて本件土地を含む区域の土地を国に買収する行政処分が行われた。

そして昭和三〇年一一月一日付で右買収したもののうち、本件土地を含むその一部を、被申立人知事を処分行政庁として農地法六七条により、川尻部落民でない入植者に売渡す行政処分がなされた。本件土地については、それぞれ申立の趣旨記載の者(入植者)に売渡され、昭和三一年八月二日所有権移転登記を了した。しかしながら右各土地は国が買収後も申立人らが売渡予約者として従前どおり耕作(一時使用)を続けており(ただし手続の煩瑣を、農業委員会も被申立人知事も認めて、その形式は一部だけしかしていない)、申立人らは本件土地を入植者に引渡すことを拒否している。

三、しかし自創法三〇条第三号の合せ買収は未墾地のなかに点在する農地についてだけ許さるべきで、本件買収区域のように、農地のなかに点在する未墾地を開発するために、三号買収を行うことは許されないところであり、かかる買収は無効である。その他本件土地の買収処分には明白且重大な瑕疵が数個存し右買収を無効たらしめ、同時にかかる性質の買収によつてなされた売渡をも無効ならしめるが、特に左の(1)乃至(5)の事由により本件売渡処分は無効または取消されねばならぬものである。

(1)  本件売渡は農地にたいして何等開発工事をすることなく、農地のまま入権者に売渡そうとするものであつて、かかる売渡は農地法六七条をはなはだしく逸脱している。

(2)  申立人らの既存の耕作者に対しては地番を示さず、減反された配分計画を示すのみで申立人らの古くから耕作していた農地を取上げようとする。この売渡処分が強行されるにおいては、申立人らは既存の農民でありながら古くからの農地をとられ休農を余儀なくされてしまう。

(3)  前に二、において記載したように国は買収後申立人らに一時使用を認め、売渡を予約している。それを申立人らから取上げて、他に売渡すのは甚だしく不当である。

(4)  別紙目録第二、の(1)(2)、第三、の(1)第四、第五、第六、の(1)(2)の土地は現況田であるにもかかわらず、原野として買収し、原野とし売渡している。かかる買収と売渡は甚だしく不当である。

(5)  別紙目録第一の(2)は、所有者である申立人大竹から買収していない。しかるにこれを買収したつもりで公簿面田を原野にかえて、売渡している。

四、申立人らは本件売渡処分の行われた昭和三〇年一一月一日から約二ケ月後の昭和三〇年一二月二七日、売渡処分の取消について農林大臣に訴願し、今日にいたるも未だその裁決をえないが、さらに昭和三一年五月七日千葉地方裁判所に昭和三一年(行)第四号農地買収売渡処分無効確認等の行政訴訟を提起し、本件土地の買収および売渡処分の無効確認を求め予備的請求として売渡処分の取消を求めているが、農林省も本件を含む計画による買収および売渡の不当を認めて、本件土地以外のその後の売渡を中止している。

五、売渡を受けた申立の趣旨記載の者は、前記訴願中であるにもかかわらず、移転登記をなし、未だ引渡をうけないのに、開墾したとして、補助金等をとり、本件土地の引渡を要求して申立人らにいどんでいる。本訴は漸く準備手続を終了せんとしているが、なお審理に相当の時日を要する見込である。もしそのまま本訴判決をまつときは、売渡処分の執行により申立人らは償うことのできない損害を蒙る惧れがあり、これを避けるためには執行を停止する緊急の必要がある。すなわち

(イ)  本件土地が入植者にとられるときは区画は原形をとどめなくなり、利根川の浚渫土といわれる砂礫を入れて土地を荒廃させられる。これらは社会通念上償うことのできない損害といわねばならない。

(ロ)  本件土地が入植者にとられるときは申立人らの農業の経営は不可能になり、生存権を危殆におとし入れられる。

(ハ)  以上のようであるが入植者らが実力によつて本件土地をとろうとするとき、農民の土地にたいする強い執着心から不測の不祥事態を引おこさんでもない。

六、申立人らは前記本訴の内売渡処分取消請求の部分に関し本申立をなすものであるが、なおここで本件の場合に未だ売渡処分の執行が終了しておらず、特例法一〇条二項により執行停止ができるという点に関し申立人らの法律上の見解を以下に述べる。未墾地開発における農地の売渡処分については、直接にはその執行について定められていない。しかし行政処分として観念的にはその執行を内在せしめているものとみなければならない。執行を伴わない売渡といつたような無責仕は行政行為の本質に反する。本件では売渡処分はあつたが、買収処分前より引きつづき申立人らが耕作しているところ、訴外入植者は売渡処分で形式上形成されている法律関係によつて実力による土地の引渡を求めている。この場合被申立人知事自らが執行しようとするものではないが、観念上本件処分に内在している執行力を入植者が代位行使している面をも含むというべきであろう。単なる形式的の所有権にもとづくものだけでない。しかして特例法一〇条二項の執行はこれを狭義に解すべきではなく、右制度の目的から見て処分の効果の発生と継続、すなわち処分にもとづいて形成される法律関係の支配する状態を広く指すものと解すべきであろう(今村成和「行政処分の執行停止」国家学会雑誌六七巻一号・二号、浅賀栄「行政訴訟の諸問題」、雄川一郎「行政争訟法」(法律学全集)二〇〇頁、行政裁判例集四巻一二号の名古屋地方裁判所の判決その他の判決)。されば本件のような場合に売渡処分で形式上形成されている法律関係の停止を被申立人に求めることは許されなければならない。

(当裁判所の判断)

よつて審究するのに、別紙目録記載各土地について、すでに売渡処分がおこなわれ、売渡を受けた者に対する所有権移転登記が完了していることは申立人の自認するところであり、農地法に未墾地開発における農地の売渡処分について売渡処分の行政機関たる被申立人知事のなすべきそれ以上の執行に関し何ら定められていないことも申立人の認めるところである。申立人は売渡を受けた者等が申立人に対し売渡土地の引渡を求めるのは、売渡処分に内在している執行力を被申立人知事に代位行使するもので、単なる所有権にもとづくものではなく、このような処分の効果の発生と継続は行政処分の執行停止により止められるべきである旨主張するので考えて見る。行政事件訴訟特例法第一〇条の「執行停止」が行政処分の内容を事実上に実現する行政権の作用としての、いわゆる狭義の執行だけでなく、処分の効果の発生と継続としての、いわゆる広義の執行をもその対象とし得ることは申立人所論のとおりである。しかしながら「執行停止」は当該行政処分の効力ないし手続の進行を将来に向つて一時的に停止するに止まり、すでに執行されたその手続の効果を覆滅するものではないと解すべきであるから(最高裁判所昭和二九年六月二二日判決、判例集八巻六号一一六二頁参照)、本件において売渡処分の執行を停止すべき理由については、右のような執行停止の効果と相関的にこれを検討しなければならない。

申立人は、売渡処分を受けた入植者等が実力によつて本件土地をとろうとし、不祥事態が発生するおそれがあること、その他本件土地の占有が入植者等に移ることにより申立人等が償うことのできない損害を受けることを理由として挙げているが、入植者等が売渡処分により本件土地の所有権を取得したとして申立人等を相手に土地引渡請求の民事訴訟を提起してきた場合、申立人等は売渡処分の無効をもつて抗弁とすることは格別、執行停止によつて入植者等の所有権不存在が確定されるものではないから、執行停止命令の存在を理由として右訴訟に勝訴することはあり得ないわけである。したがつて、執行停止命令を得たとしても、入植者等が勝訴判決にもとづく強制執行により本件土地の占有を取得することは、これを妨げることができないこととなる。

これに反し申立人等が現に本件土地を占有していることはその自認するところであるから、その占有が本権にもとづかないものであるとしても、申立人等は占有権者として法の保護を受ける。何人といえどもその占有を実力で奪取することは許されないのであり、(これを犯せば刑罰の制裁を受ける)、申立人は占有保全又は保持の訴あるいは仮処分によつて不法侵入を防止することができる。入植者等が本件土地に対する申立人の占有を侵奪することが本件売渡処分に内在している執行力を代位行使するものであるということはできない。したがつてこのような違法行為を防止するため(まさにこのことのみを目的として)執行停止の事実上の効果を利用することは本末転倒である。

そうすると本件においては売渡処分の後行行為もしくは狭義の執行はあり得ず、又観念的な効力の停止によつても、入植者等の所有権取得の効果を覆滅するものでないから、執行停止の対象を欠くものと言わなければならない。

よつて本件申立はこれを却下すべきものとし、申立費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 内田初太郎 田中恒朗 遠藤誠)

(別紙目録省略)

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